イタリアの市場

こんにちは、まるです。
13歳のときにイタリアを訪れ、その美しさとスローな暮らしに感銘をうけました。
今は、田舎暮らしをしながらスローライフを模索中。
将来はイタリア家庭料理を学びに、子連れイタリア留学を目指しています。



私は旅に出ると、必ず市場に立ち寄ります。

市場に行くと、その国の人や魅力的なものが並んでいて、
何より活気が感じられて大好きです。



商店の人とのやりとりもおもしろく、
シンセンな果物やつまんで食べられるものを買って食べるのも楽しい。



今回は、イタリアの市場のお話をします。


日本は産直とか契約農家からの直送を売りにしている飲食店が少なくありませんが、
イタリアでは当たり前のこと。


お店でも家庭でも、同じように市場で仕入れたものを使っているのです。




朝の7時には市場を開く準備が始まります。

見事なディスプレイがどんどん出来ていきます。


ヨーロッパの市は、野菜でも果物でも、色合いのバランスや見せ方がうまい!

趣向をこらしたディスプレイを見るのも楽しみのひとつです。



市場はだんだんと賑わいを見せるのは8時ごろから。
昼前には大方の店が片付いてしまいます。


今の季節、市場に出てくるイタリアの春の野菜、といえば。。。

4月になると、白アスパラガスが旬です。

他には、丸くて白い野菜のフィノッキオ(フェンネルです)。香りが高い、おいしい野菜です。
あとは、アンティチョーク。
古来から肝臓を丈夫にするといい、茹でてオイルをかけて食べたり、オーブンで焼いて食べるとおいしいです。


あなたも、イタリアに行ったときにはぜひ市場にお立ち寄りくださいね。

ではまた。
将来はイタリア家庭料理を学びに、子連れイタリア留学を目指していますまるでした。



            


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2008/03/27 イタリアに学ぶスローライフ トラックバック:0 コメント:0

イタリアの歴史007(五賢帝時代の始まり)

こんにちは。

前回は「暴君ネロ」についてでした。

今回は、そこから少し時代が経った頃、
いわゆる「五賢帝時代」についてです。

皇帝ネロの後、ローマは「内乱期」を経て、
「五賢帝」と称される皇帝が相次いで統治する時代になりました。

前王朝であるフラウィウス朝最後の皇帝ドミティアヌスが暗殺されると、
ネルウァ(ネルヴァ)が96年に新皇帝に擁立され、元老院から承認されます。

当時、高齢で病気であり、子どももいなく、
ローマ軍から積極的に支持されなかったことなどから、
ゲルマニア総督で、軍の人気が高かった
トラヤヌスを養子として、後継者に指名します。

これ以降、養子の形で帝位を後継した5人の皇帝を「五賢帝」と呼びます。

しかし、2年ほどでネルヴァは亡くなり、トラヤヌスが皇帝となります。

彼は属州ヒスパニア(現スペインのイタリカ生まれ)の出身者として、
初めて皇帝位に就いた人物でした。

彼は外征に積極的で、ドナウ川を越え、ダキア(現ルーマニア)を征服し、
一時はメソポタミア地方にまでその支配力を伸ばし、
ローマ帝国の版図は彼の時代に最大となりました。

東はメソポタミア、西はイベリア半島や北西アフリカ、
南は北アフリカ地中海沿岸一帯からエジプト南部、
北はブリテン東南部まで及びました。

内政においてもネルヴァと同様、元老院との協調に努めました。

公共事業の振興や、税負担の軽減などの行政改革を行うなど、
帝国の繁栄に尽力した人物と言えます。

これらの内政・外征の功績を称えて、
元老院から「至高の皇帝(Optimus Princeps)」の称号も贈られ、
それは、当時鋳造された貨幣にも刻まれています。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「五賢帝」「ネルウァ」「トラヤヌス」の項


この頃になると、いわゆる「ローマ帝国」が出来上がり、
繁栄を極めつつある頃です。

皇帝も優秀な人物に引き継がれていて、
まさに「賢帝」と呼ぶに値すると思います。

もちろん人間ですから、良い面も悪い面もありますが、
巨大な国家を一人で統治するわけですから、
並大抵の事じゃありませんよね。


次回は、五賢帝時代の後半についてです。

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2008/03/24 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:2

春野菜のパスタ

こんにちは、まるです。
13歳のときにイタリアを訪れ、その美しさとスローな暮らしに感銘をうけました。
今は、田舎暮らしをしながらスローライフを模索中。
将来はイタリア家庭料理を学びに、子連れイタリア留学を目指しています。


春、私の住んでいる山では春の種まきの時期です。

子供と一緒にやるので、なかなか進みませんが、なんとかかんとか少しずつ
種をまいていく予定。


もうすぐすれば、春野菜がおいしい季節になります。


食べたくなるのが、春野菜のスパゲッティ。

野菜盛りだくさんのこの料理は豆のグリーンとトマトの赤が鮮やかで、味わいも最高です。



春野菜のスパゲッティ

材料
スパゲッティ 120グラム
にんにく   ひとつぶ
EXオイル  30グラム

仕上げ用・・・トマト(湯むきしておく。)半分
       野菜のゆで汁      40グラム
       パルジャミーノチーズ  少々
       EXオイル       少々


ゆで野菜 (野菜の量は好みで、茹でておく。)
      ブロッコリー
      ソラマメ
      スナックエンドウ
      いんげん
      アスパラ
      ズッキーニ(あれば。薄くスライスする)

「作り方」
1、 フライパンにオイルをいれ、にんにくを入れる。
2、 茹でた野菜を食べやすい大きさに切る。
3、 2の野菜とズッキーニに塩をひとつまみいれ、フライパンで焼く。
4、 3に野菜のゆで汁を入れ、茹でたパスタを野菜と合わせる。
5、 トマトの乱切りを入れて合わせる。(トマトはほんのりあたたまる程度でOK)
6、 火を消し、パルジャミーノチーズとEXオイルをいれ、混ぜ合わせる。
7、 お皿にもりつけて出来上がり。


とってもおいしい春野菜のスパゲッティでした。

ぜひお試しくださいね。

それでは、私も畑がんばります〜!

将来はイタリア家庭料理を学びに、子連れイタリア留学を目指している、まるでした。



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2008/03/17 イタリアに学ぶスローライフ トラックバック:0 コメント:1

イタリアの歴史006(暴君ネロ)

こんにちは。

今回は、ローマ帝国の初期、第5代皇帝となった「ネロ」についてです。

彼は、当初は名君と言われていました。

それは家庭教師でもあり、高名な哲学者セネカや、
親衛隊長官の補佐を受けてのものでした。


しかし、数年後にはその善政が崩れ始めます。

原因の1つとして考えられるのは、
側近と彼の母親アグリッピナとの緊張関係。

 もともとネロが皇帝に就いたのも、
 母親の手助けがあったからでした。

ネロが席に着く時に彼女が隣に座っていたのを、
セネカが諌めたりしています。


次第にネロも母親の干渉を疎ましく思うようになり、
妻オクタウィアと離縁し、再婚しようとした際に、
彼女と対立し、殺害してしまいます。


その後、ネロは妻オクタウィアと離縁し、再婚します。

 オクタウィアも62年に自殺を強要されます。

この頃には2度目の横領の咎で告発されたセネカが、
ネロに引退を申し出ていますが、
彼も65年にネロ暗殺の陰謀に加担したとして、
自殺を命じられます。


こうした経緯があった後、64年にローマで大火災が起きます。


この火災によりローマ市内のほとんどを焼き尽くされ、
多数の死傷者や被災者が出ました。

ネロはこの火災に対して真剣に対処しましたが、
復興の際に、広大な黄金宮殿の建設を行ったため、
その用地確保のために放火したという噂が絶えませんでした。

さらに、ネロの命によって放火されたとの流言に対しては、
当時の新興宗教であったキリスト教の信徒を放火犯として処刑します。

この処刑が、ローマ帝国による最初のキリスト教弾圧とされ、
キリスト教世界における、ネロの「暴君」としてのイメージが
構築されていくことにつながっていきます。


こういったことから、次第にネロは暴君と見られるようになります。

そして68年、属州で反乱が勃発し、
ついには元老院で「国家の敵」としての宣告を受け、
ネロは自殺します。

彼の死によってユリウス・クラウディウス朝は断絶し、
ローマは戦乱の時期を迎えます。



最後にネロの人となりを表すエピソードを簡単にご紹介します。

・オリンピア競技に出場し、大胆な不正を行い優勝。

・かなりの宝石マニアであったらしく、
 おびただしい宝石で身の回りを飾り立てる趣味があったようです。

・無類の鳥類マニアでもあり、
 特にオウムやインコの類いに目がなかったようです。

  飽きてしまうと殺し、食べてしまったようですが。。。



参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「ネロ」の項



とかく悪く言われがちな皇帝ネロですが、
生い立ちなどを考えると、一般人には分からない、
皇帝なりの苦悩があったのかもしれませんね。


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2008/03/15 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:2

イタリアの春、ミモザ

こんにちは、まるです。
幼いときにイタリアを訪れ、その美しさとスローな暮らしに感銘をうけました。
今は、田舎暮らしをしながらスローライフを模索中です。
将来は、イタリア家庭料理を学びに、イタリア留学を目指しています。



私達の住んでいる山にも、梅が咲き始めました。

梅や桜を見ると、春だなあと思います。




イタリアではミモザの花を見ると、春だなあと感じるようです。


ミモザといえば3月8日の「フェスタ デッラ ドンナ:女性の日」

男性が奥さんや恋人に黄色いミモザの花束をプレゼントするのが習慣になっているんです。
子供たちも、「マンマ ミーヤ:いとしいお母さん」にミモザを贈ります。


花束をもらえる時って、とてもうれしいですよね。
しかも、春の季節感を感じられてすてきな一日ですね。





最近は日本でも、夕方日が沈むのが遅くなってきています。

ちょっとお散歩していると、ふわんと梅の花の香りがしたり。。。




イタリアでは3月の末には、サマータイムに切り替わります。

時間が一時間繰り上がり、
日没が遅くなるとともに、夕方からのそぞろ歩きが楽しくなる季節に。


イタリアの美しい町を歩くのはどんなに気持ちがいいでしょう。




とっても気持ちのいい季節がすぐそこまでやってきています。


では、また。将来イタリア留学を目指している、まるでした。



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2008/03/10 イタリアに学ぶスローライフ トラックバック:0 コメント:0

イタリアの歴史005「ローマ帝国の始まり」

こんにちは。

前回まではカエサルについてのエピソードをご紹介しました。

今回は、「ローマ帝国の最初の皇帝アウグストゥス」についてです。


帝政ローマの開始時期については諸説ありますが、
ともかくアウグストゥスは実質的なローマの唯一の統治者となります。

そして彼の後継者たちもそれにならい、
代々「アウグストゥス」の称号を名乗ることで、
「帝政」は既成事実となっていきました。

 因に、のちに「アウグストゥス」は、
 「皇帝」を示す称号の一つになります。


その後、彼はカエサルの暗殺を教訓として、
建前上は徹底して権力者であることを避けます。

あくまでも表面上は元老院を重視しているように見せ、
自分が行っていることの真の狙い(帝政の確立)から、
目をそらせるような政策を展開していきます。


因に、「8月の英語名Augustは、
ローマ皇帝Augustus(アウグストゥス)に由来」
するそうですよ!

それほど偉大な存在であることが分かりますね。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「アウグストゥス」の項


紀元2年、アウグストゥスは元老院から
「国家の父」(pater patiae)の称号が与えられます。

ここにアウグストゥスは皇帝としての権威を確立したのです。


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2008/03/06 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:1


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