イタリアの結婚式

んにちは、まるです。
13歳のときにイタリアを訪れ、その美しさとスローな暮らしに感銘をうけました。
今は、田舎暮らしをしながらスローライフを模索中。
こんにちは、まるです。
13歳のときにイタリアを訪れ、その美しさとスローな暮らしに感銘をうけました。
今は、田舎暮らしをしながらスローライフを模索中。
将来はイタリア家庭料理を学びに、子連れイタリア留学を目指しています。




6月はイタリアでも結婚ラッシュの時期。

日本は6月というと梅雨で雨が多いですよね。
一方でイタリアはとてもいい季節です。

さわやかな晴天の青空と、気持ちいい風の中で結婚式が行われます。


イタリアでは結婚を、「市役所」で済ませる方法と、「教会」でする方法があります。
市役所はコストもかからないし、離婚の手続きが簡単なので、カップルの間でも増えています。



イタリアでの結婚式の会場選びは、色々な選択肢がたくさんあります。


例えば、トスカーナの丘にはかつて貴族達が住んでいた豪邸が、今はセレモニー会場として使われていたりします。


丘の上の豪華な大豪邸は、プライベート・チャペルをはじめ、レストラン、プール、宿泊施設がそろっているので結婚式にはぴったりです。
日本では、なかなかそんなすてきな場所って少ないですよね。


こんなところがあったら、私達もそこでしたかったなあ。。。と思います。



日本では招待客は式場にご祝儀を持参しますが、イタリアは基本的にプレゼントをあげます。


プレゼントは結婚式1ヶ月くらい前から、家を訪ねて少しずつ贈られてくるのです。



プレゼントが来るたびになんだかわくわく、結婚までの期間が楽しみになりますね。
リストにはいろんなお値段のものがあり、そこから選ぶことができます。




しかし、披露宴の費用はすべて、主催者側持ち。(ガーン。。。出費高そう。。。) 
そのへんが大変ですね。



でも、本当にその国によって個性のある結婚式の形があっておもしろいですね。


では、今回はこのへんで。
将来はイタリア家庭料理を学びに、子連れイタリア留学を目指しています、まるでした。



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2008/05/31 イタリアに学ぶスローライフ トラックバック:1 コメント:0

イタリアの歴史014(キリスト教公認)

こんにちは。

前回はディオクレティアヌス帝の「四分割統治」についてでした。


さて今回は、そのディオクレティアヌス帝の統治後の混乱を収めた、
コンスタンティヌス帝の「キリスト教公認」についてです。


彼は副帝だった父コンスタンティウス1世の跡を受けて帝位に就き、
やがて対立する皇帝を破り、単独皇帝として帝国の再統一を果たします。


その過程で、313年に東のリキニウス帝と連名で「ミラノ勅令」を発して、
帝国内のキリスト教をはじめとする宗教の寛容政策を取ります。

その後、それを破ってキリスト教を迫害したリキニウス帝と対立し、
キリスト教を認めていたコンスタンティヌス帝が戦いを制し、
ローマ帝国で唯一の皇帝となります。


そして、彼は死の少し前にキリスト教の洗礼を受け、
その死後、神格化され、聖使徒教会に埋葬されました。


コンスタンティヌスは「ミラノ勅令」でキリスト教を公認し、
ローマ帝国初のキリスト教皇帝として有名ですが、
実際はキリスト教の持つ組織力に目を付け、
それを帝国の統治に利用しようと考えていたからもしれませんね。

参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「コンスタンティヌス」「ミラノ勅令」の項


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2008/05/26 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:0

初夏気分のブランチに。

こんにちは、まるです。
幼い頃イタリアを訪れ、その美しさとスローな暮らしに感銘をうけました。
今は、田舎暮らしをしながらスローライフを模索中。
将来は、イタリア家庭料理を学びにイタリア留学を目指しています。


山では昼間、あったかくてちょっと初夏を感じるきょうこのごろです。

私の住む高知県ではトマトが名産。


この時期からよくお店にも登場します。



ちょっと夏を先取りしたような、パスタのメニューをご紹介します。
ブランチにどうですか?


「はまぐりとアスパラ、ミニトマトのフリッジ」

ハマグリが白ワインでふっくらとふくらみ、アスパラの食感、ミニトマトの程よい酸味のバランス良いパスタメニューです。

フリッジはショートパスタ。この組み合わせが最高です。


【分量】2人分
【材料】
フジッリ……………………………200g
ハマグリ(あさりでもいい)……… 20個
アスパラ……………………………5本
ミニトマト…………………………20個
白ワイン……………………………50cc
EXVオリーブオイル………………15cc
にんにく…………………………・・半分
鷹の爪………………………………1本
塩……………………………………少々
胡椒…………………………………少々

【作り方】
1)ハマグリは砂抜きする。
2)アスパラは食べやすい長さの斜切り。ミニトマトは縦半分に切る。
ニンニクはみじん切りにしておく。
3)塩を入れたたっぷりの湯でフジッリをアルデンテに
  茹でる。同時にアスパラガスも塩茹でする。
4)フライパンに、オリーブオイル、ニンニク、鷹の爪を
  入れ、火にかけ、ニンニクの香りがしたらハマグリを
  入れる。ハマグリは、軽くソテーし、白ワインを注ぎ
  蓋をし、殻を開けるようにする。
5)ハマグリの殻が開いたら、一度火を止め、ハマグリの
  殻を取り除き、身だけを残す。ミニトマトを入れ、軽
  く火を入れ、塩、胡椒をふる。
6)フジッリとアスパラガスを入れ、和え、皿に盛る。


おいしいですよ〜ぜひお試しを。
では、イタリア留学を目指すまるでした。



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2008/05/20 イタリアに学ぶスローライフ トラックバック:0 コメント:0

イタリアの歴史013(四分割統治)

こんにちは。

前回は「軍人皇帝時代」についてでした。

さて、今回はそれをおさめた「ディオクレティアヌス」についてです。


親衛隊長官だったディオクレスが軍に推されて即位し、
284年、「ディオクレティアヌス」と称して帝位に就きます。

当時、広大なローマ帝国を一人で統治するのは困難と考えられ、
彼は軍の同僚だったマクシミアヌスを共同皇帝として迎えます。

そして、彼を西方の統治にあたらせ、自身は東方を治めます。

さらに292年、それぞれ「副帝(カエサル)」を任命し、
自分たちは「正帝(アウグストゥス)」として、
この4人で帝国を分割統治する体制を築きます。

これを「四分割統治」と言います。

しかし、この分割統治は、政治手腕に長けた
ディオクレティアヌスに依るところが大きかったため、
305年に彼が引退するとその均衡が崩れ、再び帝国は混乱します。


因に彼の治世には、キリスト教徒が増加し、
国家に反抗する一部のキリスト教徒たちを処刑していて、
それをキリスト教側からは「大迫害」と言われています。

参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「ディオクレティアヌス」の項


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2008/05/17 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:0

イタリア気分のスローな旅・日本編

こんにちは、まるです。
幼い頃にイタリアを訪れ、そのスローな生活や美しい町、美術に心を打たれました。
今は、日本の田舎でスローライフ的な暮らしを楽しんでいます。
将来、イタリア家庭料理を学びにイタリア留学するのが夢です。


スローな旅、というのは日本でもできます。
この間、高知で無農薬の果樹園に小夏をもぎにいかせてもらいました。


さんさんと照る太陽の南国チックな高知は、イタリアに似ています。


色んな果樹がたくさん育つのも、山菜や野菜にイタリア料理に使えそうなものが多いのも、イタリアチック。



小夏を育てているおじさんのお話をうかがったり、おじさんの畑をのぞかせてもらったりして
とても楽しかったです。



たくさんの小夏をかごいっぱいに収穫させてもらった後、お外でお弁当をたべました。


きもちいい風の中でお弁当を食べていると、なんだかゆったり。。




そんなことしてると、おじさんがすぐ目の前の海でかにをとってきてくれました。

おじさん、これはカニのパスタにしろってことかい?


山菜(いたどりやゼンマイ)も、ピザや前菜に使えそうだし。。。



そんなことを考えながらゆったりしたスローな旅は終わりました。じゅる・・・・おなかがへったな。。




日本でも、田舎にはたくさん自然と自然の中の農的なくらしや知恵が残っています。
みなさんもぜひ、イタリア的スローな旅、日本の田舎編を旅してみませんか?



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2008/05/10 イタリアに学ぶスローライフ トラックバック:0 コメント:1

イタリアの歴史012(軍人皇帝時代)

こんにちは。

前回は「カラカラ浴場」についてでした。

さて、今回はもう少し時代が経ってからのお話です。


皇帝が乱立した軍人皇帝時代(235〜284年)は、
「3世紀の危機」と言われた時代の前半にあたります。

この33年間に14人もの皇帝が乱立したため、
この時期を境に皇帝の権威が失墜したと言われます。

このような事態になったり原因はいくつかありますが、
そのうちの一つに、主に軍の軍事力を背景とした、
一種の「クーデター」による皇帝擁立がされていたことが挙げられます。

そのため、「軍人」から選ばれて「皇帝」となるので、
「軍人皇帝」と言われるわけです。

軍人皇帝たちの支持母体は、軍を構成する兵士たちですが、
彼らが国家防衛の前線に立って防衛にあたっているため、
国家防衛を皇帝に委ねる仕組みになっている以上、
元老院も、軍隊の推挙を受けた人物を追認するしかなかったと考えられます。

軍人皇帝が乱立すると、帝位交替の度に国境防衛に空白が生じ、
それに乗じた周辺民族の侵入を許し、
結果としてローマ帝国の弱体化を招くようになります。

また、それぞれの前線において軍人皇帝を擁立し、
内乱状態になってしまうこともありました。


こうした混乱したローマ帝国を救ったのが、
親衛隊長官だったディオクレス、のちのディオクレティアヌスです。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「軍人皇帝」の項


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2008/05/08 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:0


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