イタリアの歴史016(背教者?ユリアヌス後編)

こんにちは。

前回はユリアヌスの生い立ちについてでした。

今回は、彼が皇帝となってからのお話です。


361年、コンスタンティウス2世が急死し、
しばらくして363年、ユリアヌスが単独皇帝として就任します。

皇帝となってから、キリスト教徒に与えられていた特権を廃止し、
その他の宗教を保護することで、その復興を目指します。

例えば、ユダヤ教の勢力強化のために、
エルサレム神殿の再建許可などを行ないます。

そのため、キリスト教徒から「背教者」と呼ばれ、
「異教の復興を企てた」と語られています。


しかし、彼は元からキリスト教を信教としていなかったため、
「背教」にはあたらないという見方もあります。

さらに、彼の行なったことは、特定の宗教に関わらず、
帝国民の信教の自由を保障した「ミラノ勅令」に依拠しており、
キリスト教徒に対して直接的な迫害をしたわけでもありません。

そのため、近年では、彼のこの政策は、
諸宗教の勢力均衡を図ったもので、
キリスト教のみを優遇した他の皇帝よりも、
賢明であったとの評価もあります。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「ミラノ勅令」「ユリアヌス」の項


実は私も調べるまでは、教科書通り、
「ユリアヌス=背教者」とのイメージを持っていました。

でも、それはキリスト教側で作られたイメージだったように思います。

歴史を見るのには、一面からではなく、
多角的な見方が大事ですね。



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2008/06/13 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:0













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