イタリアの歴史017(キリスト教国教化)
こんにちは。
前回は、「背教者」と言われたユリアヌスについてでしたが、
今回は、キリスト教を「国教」としたテオドシウス帝についてです。
ローマ帝国は4世紀末にキリスト教を「国教」と定めますが、
今回はその経緯をたどってみたいと思います。
4世紀後半に皇帝を務めたテオドシウス帝は、
379年の冬に大病を患った際、
キリスト教の三位一体派の司教から洗礼を受けます。
そして、380年には、キリスト教の教理に関することは、
当時、三位一体派だったローマとアレクサンドリアの
司教の意見を第一にするという勅令を発しています。
さらに381年にはキリスト教以外の神に捧げる犠牲を禁じ、
「誰も、聖域に行くことはなく、寺院を歩いて通り抜け、
人の労働で作成された像を見てはならない」と定めます。
やがてテオドシウスは三位一体派の異教や異端に対する
攻撃を支持するようになります。
388年には、元老院議員に対し、古代ローマ宗教の廃絶を求める
決議を提起し、元老院側はほぼ全会一致で賛成します。
これにより、キリスト教(三位一体派)は、事実上、
ローマ帝国の国教となります。
参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「テオドシウス」の項
一般的には、392年が「キリスト教の国教化」ですが、
すでにその前から、国教としての扱いを受けていた、
というよりも、他の宗教・宗派が弾圧されていたんですね。
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