イタリアの歴史018(ローマ帝国の東西分裂)

こんにちは。

前回、「キリスト教の国教化」を行なった皇帝として
テオドシウス帝が出てきましたが、この皇帝の時代が、
一つの「ローマ帝国」として存在した最後となります。


当時、西の皇帝だったウァレンティアヌス2世が392年に死去すると、
東西ローマ帝国で皇帝はテオドシウスしかいなくなります。

そして、394年に簒奪者エウゲニウスを戦いで破り、
名実ともに、唯一の皇帝となります。

 エウゲニウスは帝位簒奪者で、帝位を僭称していました。

しかし、テオドシウスは翌395年に亡くなってしまいます。

その際、2人の息子(アルカディウスとホノリウス)に、
それぞれコンスタンティノポリスを首都とする東ローマ帝国と、
ミラノを首都とする西ローマ帝国の皇帝の位を譲り、
それ以降、ローマ帝国が再び一つになることはありませんでした。


参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「テオドシウス」「エウゲニウス」の項


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2008/07/01 イタリアの歴史 トラックバック:0 コメント:0













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